大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)1947号 判決

原告 破産者二宮逸郎破産管財人 神田勝吾

被告 有限会社 豊証

右代表者代表取締役 金林信義

被告 瀬戸開発工業有限会社

右代表者代表取締役 平川容則

右被告ら訴訟代理人弁護士 山本勉

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1. 被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の各不動産について各否認の登記手続をせよ。

2. 訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告ら

主文同旨

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1. 訴外二宮逸郎(以下「破産者」という。)は昭和五八年六月二八日午前一〇時名古屋地方裁判所において破産宣告を受けた破産者であり(同裁判所昭和五八年(フ)第二九七号)、原告は右同日時に破産者の破産管財人に選任された。

2. 破産者は、昭和五八年一月三一日に被告らに対し訴外加藤信政(以下「加藤」という)が被告らに対して負担する債務を被担保債権として、その所有にかかる別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件各不動産」という。)を譲渡担保に供した(以下「本件譲渡担保」という。)。

3. 破産者は、昭和五七年一二月三一日資金不足を理由にその振出にかかる手形の支払いをしなかった(第一回目の手形不渡り)から、右同日支払いを停止したというべきところ、本件譲渡担保は右破産者が支払いを停止した後にされた無償行為であるから、原告は破産法七二条五号によってこれを否認する。

4. 仮に、本件譲渡担保が無償行為でないとしても、本件譲渡担保は他の債権者を害するものであり、破産者は、本件譲渡担保が他の債権者を害することを知って本件譲渡担保をしたのであるから、原告は破産法七二条一号によってこれを否認する。

5. また、前記のとおり本件譲渡担保は破産者が支払停止をした後になした担保の供与であるところ、被告らは、本件譲渡担保契約当時において、破産者が既に支払停止をしていたことを知っていたから、原告は破産法七二条二号によってこれを否認する。

6. 本件各不動産には、それぞれ本件譲渡担保を原因とする名古屋法務局瀬戸出張所昭和五八年二月七日受附第二五五三号所有権移転登記(被告ら各持分二分の一)が経由されている。

7. よつて、原告は被告らに対し本件各不動産についてそれぞれ否認の登記手続をなすべきことを求める。

二、請求原因に対する被告らの認否

1. 請求原因1、2の各事実は認める。

2. 同3のうち、破産者が昭和五八年一二月三一日にその振出にかかる手形の支払いをしなかったこと(第一回目の手形不渡り)は認める。その余は争う。

3. 同4のうち、破産者において本件譲渡担保が他の債権者を害することを知っていたことは知らない。その余は争う。

4. 同5のうち、被告らが本件譲渡担保当時破産者が既に支払いを停止していたことを知っていた事実は否認する。

5. 同6は認める。

6. 同7は争う。

三、被告らの主張

1.(一) 被告らは、破産者が本件各不動産を担保に供することを条件として加藤に対して金一三四〇万円(被告ら各自金六七〇万円宛)を貸し渡した。

(二) 他人の債務について物上保証する行為が破産法七二条五号にいう無償行為というためには、受益者、破産者の双方にとって無償であることが必要であると解すべきところ、右のとおり被告らは本件譲渡担保がされることを条件として加藤に対する右出捐をしたのであるから、本件譲渡担保は受益者たる被告らにとって有償行為である。

(三) また、破産者は次のとおり加藤から融資金を借り受けている。すなわち、破産者は加藤の担保提供を受けて他から借入していたところ、本件譲渡担保の直前にこれらの債務の返済期限が到来し、破産者の返済能力では更に他から借り受けて右債務を返済することが困難であったため、加藤において被告らから融資を受け、これを破産者が借り受けて右債務の返済に充てたのである。

右事情からすれば、破産者にとり本件譲渡担保は有償行為というべきである。

(四) 更に、破産者は本件譲渡担保をなすことの謝礼(担保提供料)として加藤から金三〇万円の支払いを受けているから、本件譲渡担保は破産者にとり有償行為である。

(五) 従って、本件譲渡担保は受益者、破産者の双方にとって有償行為であるから、いずれにせよ破産法七二条五号に該当しない。

2.(一) 被告らは、次のとおり本件譲渡担保当時破産者が既に第一回目の手形不渡りを出している事実を知らなかったから、本件譲渡担保は破産法七二条一、二号に該当しない。

すなわち、

(二) 被告有限会社豊証(以下「被告豊証」という。)は、従前、本件各物件を担保として(昭和五七年五月一一日根抵当権設定)破産者と金融取引をしていたが、右取引は昭和五七年一〇月五日終了し、同日右根抵当権設定契約も解除となった。そして、その後は被告豊証は本件譲渡担保契約締結時まで破産者と全く取引をしていない。

また、本件譲渡担保は物上保証としてされたものであって、破産者と被告豊証との間の取引ではない。

従って、被告豊証は破産者が手形不渡りを出していることを知りうる状況にはなかった。

(三) 被告瀬戸開発工業有限会社(以下「被告瀬戸開発」という。)は、本件譲渡担保契約を締結するに至るまで破産者とは全く取引がなく、右契約締結の二、三日前に初めて破産者を知ったものである。

そして、本件譲渡担保は物上保証としてされたものであって、破産者と被告瀬戸開発との間の取引ではない。

従って、被告瀬戸開発は破産者が手形不渡りを出していることを知りうる状況になかった。

3. 右に加え、被告瀬戸開発は次の理由により本件譲渡担保が破産債権者を害することを知らなかった。

すなわち、

(一) 前記のとおり被告瀬戸開発は本件譲渡担保の二、三日前に破産者を初めて知ったが、その際、破産者は仕事上の負債はほとんどなく、担保債権者に対してだけ負債があると言明していた。

(二) また、本件各物件は俗にいう「めくら地」の不動産であり、かつ、先順位担保もあり全く残存価値のないもので、仮りに破産債権者があったとしても、本件譲渡担保契約を締結した当時には、破産債権者を害する程の価値があるとは考えられないものであった。

四、被告らの主張に対する原告の認否

1. 被告らの主張1について

(一)  同1(一)は知らない。但し、本件譲渡担保が被告らと加藤との間の金融取引による債務についてされたものであることは認める。

(二)  同1(二)は争う。

(三)  同1(三)、(四)は知らない。

(四)  同1(五)は争う。

破産法七二条五号の否認権は純客観主義の否認であって、仮に被告らの加藤に対する貸付が破産者の物上保証が存すればこそ行なわれたものとしても、そのようなことを否認権の行使において考慮しなければならない根拠はない。

2. 同2について

(一)  同2(一)は争う。

被告らはいずれも瀬戸市の金融業者であって、興信情報にも精通しているから破産者の手形不渡りを知らなったはずがない。

(二)  同2(二)、(三)のうち、本件譲渡担保が物上保証としてされたものであることは認める。

3. 同3は争う。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因1、2の各事実(破産者が破産宣告を受け、原告が破産管財人に選任されたこと及び破産者が本件譲渡担保をしたこと)は当事者間に争いがない。

そこで、以下、原告主張の各否認原因について順次判断する。

二、破産法七二条五号による否認について

1. 〈証拠〉によれば、次のとおりの事実を認めることができる。すなわち、

(一)  破産者は、本件譲渡担保の債務者である加藤(加藤が本件譲渡担保の被担保債権の債務者であることは前記のとおり当事者間に争いがない。)に従前の取引関係から破産者が他から借り受けて負担している債務について物上保証(昭和五八年一月頃は根抵当権の極度額合計一六〇〇万円、債務額約九〇〇万円)をしてもらっており、またいわゆる融通手形を振出交付してもらっていたこと

(二)  ところが、破産者は昭和五八年一月にはその負担する債務を弁済することが不可能となり(破産者が昭和五七年一二月三一日に手形不渡りとなったことは当事者間に争いがない。)、 同月二〇日頃、被告豊証から金一二〇〇万円を借り受けてこれを破産者の負担する債務の弁済に充てようと被告豊証に右金員の借入を申込んだが、破産者所有の本件各不動産では金一二〇〇万円の貸金の担保としては不足している(被告豊証は、本件各不動産の担保価値を金二〇〇万円ないし金三〇〇万円程度と評価していた。)との理由で被告豊証に右申込みを拒絶されたこと

(三)  そこで、破産者は加藤に被告豊証から破産者に代わって借入をしてくれるように依頼し、加藤としても、破産者の負担する債務を担保するために自己所有の各不動産に根抵当権を設定しているため、右依頼に応じなければ右各不動産を失うおそれがあったことから破産者の右依頼を承諾し、破産者と加藤は昭和五八年一月二七日頃被告豊証に金一二〇〇万円の借入を申込んだこと

(四)  被告豊証は、加藤所有の各不動産の担保価値と破産者所有の本件各不動産の担保価値を合計すれば右金員程度の担保としては十分であると判断して、被告豊証が加藤に対して行う貸付けについて破産者が物上保証するのであれば加藤に対して貸し付けてもよいと考えたが、被告豊証のみでは右貸付けを行うだけの資力がなかったので被告豊証代表者の友人である被告瀬戸開発の代表者に協力を求め、結局、被告豊証と被告瀬戸開発が共同で加藤に金員を貸し付けることとしたこと

(五)  その後、昭和五八年一月三一日に被告らは加藤に対し金一三四〇万円(被告ら各自金六七〇万円宛拠出、前記金一二〇〇万円に当日金一四〇万円が増額された。)を貸渡し、同時に加藤は同人所有の各不動産を譲渡担保に供し、破産者は本件各不動産を本件譲渡担保に供した(破産者が本件各不動産を本件譲渡担保に供したことは当事者間に争いがない。)こと

(六)  破産者は、加藤が被告らから右金員を借り受けた後、直ちに加藤から右金員のうち約九六〇万円を借り受け、これを加藤が物上保証をしている破産者の負担する債務の弁済に充て

者のために設定した根抵当権は同日解除された。)、さらに残金の一部も破産者の他の債務の弁済資金として加藤から借り受けたこと

以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2.(一) 右事実からすれば、破産者のした本件譲渡担保は、これを形式的にみれば、加藤の被告らに対する右貸金債務を担保するためのものにすぎないが、その実質は、専ら破産者自身の負担する債務の弁済に充てる資金を入手する一手段としてなされたものであることは明らかである。

(二) ところで、破産法七二条五号は破産者が支払停止の後になした無償行為は破産管財人においてこれを否認し得る旨規定しているが、右にいう無償行為は対価なしで財産を減少し、または債務を増加する一切の行為をいうものであるところ、その対価には、物上保証をすることによって債務者に金員を借り受けさせ、その借り受けにかかる金員を債務者から更に借り受ける場合に物上保証人の享受する経済的利益も含まれるものと解すべきである。なぜならば、右の関係は破産者自身において担保を提供して金員を借り受ける場合と実質において何ら異ならないのであって、物上保証をすることによってはじめて金員を借り受けることができるという関係が存する限り、これを破産者自身において担保を提供して金員を借り受ける場合(右が無償行為でないことは明白である。)と別異に解しなければならない理由は何ら存しないからである。

そうすると、本件譲渡担保が、専ら破産者自身の負担する債務の弁済に充てる資金を入手する一手段としてなされたものであり、加藤から金員を借り受ける目的の下になされ、さらに破産者が加藤から金員(少なくとも金九六〇万円)を借り受けたことは前記のとおりであるから、右借り受けにかかる金員は、本件譲渡担保をなすことの対価であるというべきである。

3. 従って、本件譲渡担保は破産法七二条五号にいう無償行為ということはできないから、その余の判断をするまでもなく、原告の破産法七二条五号による否認の主張は理由がない。

三、破産法七二条一号による否認について

1. まず、本件譲渡担保が他の債権者を害する行為であるかについて判断するのに、本件譲渡担保が実質的には本件各不動産を担保に供して金員を借り入れるに異ならないものであることは前記のとおりであるから、破産者の所有財産に増減は存しないとも考えられる(前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば前記破産者が加藤から借り受けた金員は本件各不動産の担保価値を超えるものであることを認めることができる。)。しかしながら、一般に、総債権者の共同担保となっている資産をもってしては総債権者の債権を満足させることが不可能な状態となっているのにもかかわらず、債務者が資産として最も確実である不動産を担保に供して消費し易い金員を借り受ける行為は、特段の事情の存しない限り他の債権者を害する行為と解すべきであるから、前記のとおり破産者が昭和五七年一二月三一日にその振出にかかる手形の支払をしなかった事実からすれば、右時点において既に破産者はその有する資産をもって総債権者の債権を満足させることが不可能となっているものと推認すべきであり、また、本件においては右特段の事情を窺うことはできないから、右手形不渡りの後である昭和五八年一月三一日にされた本件譲渡担保は、他の債権者を害する行為であるというべきである。

次に、破産者において他の債権者を害する行為をなした場合には、特段の事情の存しない限り、破産者において他の債権者を害する意思が存していたものと推定すべきであるところ、本件譲渡担保が他の債権者を害する行為であることは右説示のとおりであって、本件においては、右特段の事情を窺うことはできないから、破産者は他の債権者を害する意思で(すなわち、他の債権者を害することを知って)本件譲渡担保をしたものというべきである。

2. そこで、被告らが本件譲渡担保契約当時、本件譲渡担保が他の債権者を害するものであることを知っていたかについて判断するに、被告有限会社豊証、同瀬戸開発工業有限会社各代表者本人は、本件譲渡担保契約当時破産者が手形不渡りとなっていることを知らなかった旨をいずれも供述している。そして、本件譲渡担保が加藤を債務者とするものであることは前記のとおりであり、被告らが加藤に対して金員を貸し付けるに際して債務者たる加藤の信用状態、資力等を調査することは通常考えられることではあるが、担保提供者にすぎない破産者の信用状態、資力等までをも厳格に調査することは一般的には考えられないこと、また、手形を不渡りとした者の有する不動産を担保にとって多額の金員を貸し付けることは金融業者の行為としては異例のものであり、通常このような状況下で金融を行うことは考えられないこと、更に、被告有限会社豊証代表者本人尋問の結果によれば、加藤は現在被告らに対する債務を弁済しつつあり、残債務は約五〇〇万円程度になっており、本件貸金は債務者加藤の資力に重点を置いて融資が行なわれたものと推認することができ(右認定に反する証拠はない。)これらの各事実を併せ考えれば本件譲渡担保当時、被告らにおいて本件譲渡担保が他の債権者を害するものであることを知らなかったものと認めるのが相当である。

もっとも、被告有限会社豊証代表者本人尋問の結果によれば、被告豊証は昭和五七年四月頃から九月頃まで破産者に対し何回か金員を貸し付け、本件各不動産に根抵当権を設定したことがあることが認められ、それにもかかわらず破産者が昭和五八年一月頃にした金員借り受けの申込みに対してこれを拒絶し、加藤を債務者とした場合にこれに応じたことは前記のとおりであるから、右拒絶は、破産者が既に手形不渡りとなっていたことを知っていたためではないかとの疑問も存するところである。

しかしながら、被告有限会社豊証代表者本人尋問の結果及び成立について争いのない乙第一号証の一、二によれば従前被告豊証のために破産者が本件各不動産に設定した根抵当権の極度額が金三〇〇万円であること、被告豊証が破産者に貸付けた金員は右極度額を超えることはなかったことの各事実を認めることができ、右事実からすれば、被告豊証が、破産者に対する従来の貸付枠を大幅に超える前記破産者の金員借り受けの申込みを拒絶したことは、むしろ当然というべきであるから、右は前記認定を覆すものではない。

なお、原告は、瀬戸市の金融業者たる被告らは興信情報にも精通しているから破産者の手形不渡りを知らなかったはずがない旨主張するが、証人加藤信政の証言及び弁論の全趣旨によれば、破産者の事業規模が個人営業の範囲を出るものではなかったことが認められるのであって、破産者が手形不渡りとなった昭和五七年一二月三一日と本件譲渡担保がされた昭和五八年一月三一日との間隔を考慮しても、右のとおり小規模な事業を営むにすぎない個人の手形不渡りを、同一市内の金融業者は当然に知っているものとみることはできないし本件においては、他に被告らが破産者の手形不渡りを知っていたものとみるべき事情は何ら存しない。

従って、本件譲渡担保の受益者たる被告らは、本件譲渡担保が他の債権者を害することを知らなかったというべきであるから、原告の破産法七二条一号による否認の主張は理由がない。

四、破産法七二条二号による否認について

破産者が昭和五七年一二月三一日に手形不渡りとなったことは前記のとおりであるが、被告らが本件譲渡担保当時右破産者の手形不渡りの事実を知っていたとみることができないことは前説示のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の破産法七二条二号による否認の主張は理由がない。

五、以上のとおりであるから、原告主張の各否認原因はいずれも理由がない。

よって、原告の本訴請求は理由がなく失当であるから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加藤義則 裁判官 高橋利文 綿引穣)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例